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名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)919号 判決 1975年12月26日

原告兼原告奈緒子法定代理人親権者母

清長美代子

外一名

右両名訴訟代理人

安藤厳

外七名

被告

愛知製鋼株式会社

右代表者

白井富次郎

右訴訟代理人

本山亨

外三名

被告

株式会社三栄組

右代表者

神谷勝

右訴訟代理人

佐治良三

外四名

主文

一  被告らは各自、原告清長美代子に対し金四、八三〇、九五〇円、同清長奈緒子に対し金一四、四九一、三三三円及び右各金員に対する昭和四五年一二月四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らのその余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求の原因一項(二)の事実<註、被告両会社の業務>及び則夫が被告愛知製鋼の従業員であつたことは当事者間に争いがない。同項(一)の事実<註、原告らの身分関係>については、被告三栄組との間において当事者間に争いがなく、被告愛知製鋼との間においては<証拠>により認めることができこれに反する証拠はない。

二<証拠>を総合すれば次の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  則夫は、本件事故当時被告愛知製鋼知多工場内第三圧延課材料係工程班に所属していた。第三圧延課は中小型圧延機による鋼材の圧延生産等をその業務とし、技術係、材料係、圧延係、整備係、精整係の五つの係に分かれ、そのうち則夫の属していた材料係工程班は素材である鋼片の受入れ、疵取り、疵取り完了材の管理、中小型圧延材料(鋼片)の加熱炉工場への供給を担当し、疵取り指示を班長が担当するほかは残りの五名の班員が各作業に従事していた。右鋼片の供給先は加熱炉工場C列とZ列の二箇所があり、実際の運搬作業は、これを被告愛知製鋼から請負つている被告三栄組の下請である野々山組により行なわれていた。(野々山組が被告三栄組から下請していたことは当事者間に争いがない。)

(二)  昭和四五年一二月四日、則夫は午後九時から加熱炉工場C列への中小型圧延材料供給の作業に従事した。右作業の内容は、生産室第一工程係よりの圧延のロール予定の払出しを受けて、鋼片の置場を確認のうえ供給すべき鋼片の種類、本数、置場及び搬入先を記載して運搬指示書を作成し、これにより野々山組岡田班長に鋼片運搬を指示し、同組による鋼片運搬終了後運搬先である鋼片置場で運搬指示どおりに鋼片の運搬がなされているか否かの確認(検収作業)をすることであつた。当日の運搬作業は三号鋼片ヤードより加熱炉工場C列鋼片置場への鋼片の運搬であり、則夫は材料係事務所で運搬指示書を作成したうえ岡田班長に運搬指示をなし、岡田班長は同日午後九時一〇分頃よりこの作業を開始した。同班長が右運搬作業をサイドフオークリフト五〇五号を用いて二、三回終えた頃から、則夫は加熱炉工場西入口の側溝の蓋を針金で縛りつける作業に従事し始めた。当日の鋼片搬入先であるC列F1鋼片置場に鋼片を搬入するには、同置場の位置、サイドフオークリフトの荷台部分の位置の関係から、サイドフオークリフトは右西入口を後進で入り前進で出るほかなかつたが、右サイドフオークリフト五〇五号の出入りに際しては、則夫は右修理作業を中止して一旦退避していた。岡田班長は、当日鋼片工場から右三号鋼片ヤードへ疵取り済みの中小型鋼片を運搬する作業に従事しこれを終えた野々山組従業員井手に対し、C列鋼片置場への右鋼運搬作業を応援するよう指示し、井手は、本件加害車両に鋼片を積載して三号鋼片ヤードより加熱炉工場へ向つた。

同日午後九時四五分頃、岡田班長は既に七、八回目の右鋼片運搬作業を終えて右西入口より前記サイドフオークリフト五〇五号を運転して加熱炉工場を出るところであり、井手はこれを同入口から一〇メートル位手前の地点で本件加害車両を停止させて待機していた。則夫は、引続き前記修理作業に従事していたが、岡田班長運転のサイドフオークリフト五〇五号が同入口を出る際一旦作業を中断して待避し、同サイドフオークリフトが通過すると再び作業にとりかかつた。井手は、右サイドフオークリフト五〇五号が同入口を通過するや同入口付近の状況を確認しないまま本件加害車両を発進させ、同入口付近で一旦停止もせずそのまま後進で進入させ、則夫に本件加害車両を衝突させた。そのため、則夫は同日午後一〇時五分東海市所在の小嶋病院において骨盤骨折により死亡するに至つた。(則夫が右修理作業をしていたこと、本件加害車両が後進で西入口に進入したことは当事者間に争いがない。)

(三)  井手は、本件事故当日、午後九時より作業に就き、本件加害車両を点検した際二個あるバツクランプのうち一個が点灯しないことを発見したが、そのまま右鋼片工場から三号鋼片ヤードへの運搬作業に従事していた。同作業については本件加害車両を前進のみで走行させれば足りたが、右加熱炉工場への鋼片運搬作業は西入口を入る際後進走行を必要とされ、井手としては当日初めての後進走行の際本件事故を発生させた。同人は、鋼片を積載して加熱炉工場へ向う途中本件加害車両のバツクホーンも故障して鳴らないことを発見していたが、これを放置してそのまま運行を継続した。なお、岡田班長運転のサイドフオークリフト五〇五号は、バツクホーン、バツクランプともに故障はなかつた。(サイドフオークリフトが西入口で後進走行を必要とされることは当事者間に争いがなく、本件加害車両のバツクホーン、バツクランプが故障しており井手がこれを放置したことは被告愛知製鋼との間において当事者間に争いがない。)

(四)①  右西入口は幅約六メートルであり、加熱炉工場とその西側にある二号鋼片ヤードを隔てて同工場西側いつぱいに幅六〇センチメートルの側溝が設けられており、同入口前の側溝には幅六〇センチメートル、長さ九〇センチメートル、厚さ七センチメートルの鉄製格子状の蓋が九枚敷かれていた。この蓋は七五ミリ角の鋼材でできた枠を土台にしてその上に敷かれていたが、それ以上に蓋が側溝上をずれたり、或いは、蓋と蓋が離反しないようにする処置は加えられていなかつた。

同入口は、サイドフオークリフトによる加熱炉工場への鋼片運搬のための通路であり、サイドフオークリフトは車輪の直径約一メートルで約一〇トンの重量を有し、これに六トン近くの鋼片を積載するため合計一六トン程度の重量となり、しかも鋼片置場の位置の関係からこの付近から北側へ転回し始めなければならないため、この蓋が側溝に沿つてずれ、そのため蓋と蓋の間に隙間ができたり、時には蓋が溝に落込むこともあつた。このため、従来から被告愛知製鋼従業員や野々山組従業員が加熱炉工場から針金を持出し、蓋を固定させるため針金で蓋と蓋とを縛り合せる等の作業を行なうことがあつた。なお、本件事故時においても蓋のうち一枚は溝に脱落していた。

②  第三圧延課整備係の担当職務は同課全体の装置、設備、機械等の保全作業であるが、その主たる作業は機械等生産設備の保全作業であつて相当多忙であるため、右側溝の蓋の応急的修理等の作業は各現場の作業者が自ら適宜行なつていた。

③  加熱炉工場への鋼片運搬作業は通常一台のサイドフオークリフトによつてなされていたが、時には二台のサイドフオークリフトにより行なわれることがあり、一台の時で五ないし一〇分に一回、二台の時で三ないし七分に一回程度の割合で右西入口上をサイドフオークリフトが通過することとなる。

(五)  西入口のあるC列加熱炉工場は、昭和四四年七月頃追加して建設されたものであるが、加熱炉工場は送風機、バーナー、クレーン等による騒音が相当大きく、西入口付近でも八〇ホン程度の騒音があり、また同入口には局所照明設備はなく、加熱炉工場C列の天井に設置された水銀灯や前記二号鋼片ヤードの周囲に設けられた水銀灯の光によつて夜間かなりの程度の明るさを保つてはいたが、サイドフオークリフトを後進で運転する場合側溝付近で蹲つている者を発見するのに必ずしも十分な明るさではなかつた。また、西入口のすぐ横には幅一メートル程度の作業者専用の出人口が設けられていたが、作業者専用である旨の表示はなく、通常作業者も西入口を利用して工場へ出入りしていた。

(六)  側溝は外部の水が加熱炉工場内に流入すると危険であるため設けられたものであるが、第三圧延課では昭和四五年八月頃から右西入口上の側溝をコンクリートで舗装した方が良いとの案を持つており、本件事故後である同年一二月末右側溝をコンクリート舗装して被い、また、本件事故後作業者専用出入口にはその旨の表示がなされ、西入口には四〇〇ワツトの水銀灯一個が新設され、さらに「止まれ」等の標識す新たに設置された。

(七)  本件事故当時、野々山組は車両誘導者に訴外岩谷照男をあてていたが、同訴外人の職務はこれだけではなく鋼片置場において鋼片を降ろす際ばんぎをかませてサイドフオークリフトの爪を抜け易くする等の作業も担当しており、しかもサイドフオークリフトの誘導を必要とされるのは西入口だけではないので常に誘導にあたれる体制にはなかつた。本件事故当時も同訴外人は西入口でサイドフオークリフトの誘導にはあたつておらず、鋼片置場にいた。

(八)  第三圧延課においては、被告愛知製鋼従業員らの更衣室であるロツカー室に「作業中」なる注意標識を置いていたが、点灯の設備は付せられておらず、電気による照明設備を付けるにも電気課へ行かなければならないうえ、従業員らにそのような指示もなされておらず、通路上での作業には右標識を立てるようにとの十分な指導もなされていなかつた。そのため、従業員らが前記側溝の蓋を修理するに際して右標識を立てたことはなかつた。

三(被告愛知製鋼の責任)

(一)  本件側溝を含む加熱炉工場西入口及びこれに附帯して同入口と一体をなしてその機能に関係する付属物(以下これらを併せて単に「西入口」ともいう。)は全体として土地の工作物であると解するのが相当であるところ、同入口は加熱炉工場鋼片置場に通ずる通路としてサイドフオークリフトが頻繁に通過し、サイドフオークリフトの軌道と同視しうべき機能を果しているのであるから、同入口を通過するサイドフオークリフトの運行及び同入口付近の作業者の安全に支障が及ぶのを避けるため、同入口付近でのサイドフオークリフトの運行方法、運行回数、運転者からの見通しの状況、作業者の置かれている環境等を総合的に配慮しサイドフオークリフトの軌道として本来具有すべき保安上の設備を具えていなければならないと解される。

サイドフオークリフトは、約一〇トンの重量を有する車両で、しかもこれに六トン近い鋼片を積載して走行するのであるから、低速で運行されるにしてもこれが他の作業者の身体に接触するようなことがあれば非常な危険を伴うこと、右西入口から工場内へ進入するには運転席から同所付近の安全確認をするには必ずしも容易でない後進走行をしなければならない場合もあること、夜間も走行すること、二台のサイドフオークリフトが入れ替り立ち替り同入口を出入りする場合もあること、その場合同入口をサイドフオークリフトが通過する頻度がかなり高いこと、作業者は作業者専用出入口だけでなく西入口を利用して工場へ出入りすることもあつたこと、同入口付近は相当騒音が高いため同所付近の作業者がサイドフオークリフトの動行を認識、把握するのに困難を伴うこと等を考え併せれば、作業者が同入口付近で作業をする必要の生じないようにし、併せて、サイドフオークリフトの運転者に同入口の状況を適確に把握させ、その注意を喚起し、作業者に対しても同入口がサイドフオークリフト専用の軌道であることを認識させその運行を容易に認識させるに足る機能を具有していなければならないというべきである。

本件側溝の幅は約六〇センチメートルでこの上を通過するサイドフオークリフトの車輪の直径は約一メートルであるから、蓋がずれるなどして若しもサイドフオークリフトが溝の中に落込めば車輪の半径の五分の一である約一〇センチメートルの部分が水平面から落込むことになり、サイドフオークリフトの重量からしてその運行に相当の支障を来すであろうことが考えられ、しかも第三圧延課整備係員が蓋の修理作業に即時にあたれる体制にはなかつたのであるから、現場の被告愛知製鋼従業員らが適宜右修理作業にあたつていたことには業務上の必要性があつたものといえる。したがつて、蓋がずれないようにする装置を施すか、又は側溝全体をコンクリートなどで扱うようにして右作業の必要をなくし、或いは、西入口付近の状況を運転者に把握させ易くするため局所照明設備を施し、また、その注意を喚起するため「一旦停止」等の標識を設置し、併せて、作業者には同入口付近の危険を認識させるため同入口がサイドフオークリフト専用の出入口である旨明確に表示するなどの設備を具えていなければならなかつたというべきところ、前認定のとおり、側溝には右のような装置が施されていないうえ局所照明、注意標識、サイドフオークリフト専用である旨の表示のそのいずれの設備も具有していなかつたのであるから、本件事故当時西入口はその設置に瑕疵があつたものといわざるをえない。

本件側溝が蓋によつて被う構造になつていたのは外部の水が工場内に流入することによつて生じる危険を回避するためであるが、このことは蓋がずれないようにする装置を施すことを不可能ならしめる理由とはならない。まして、前掲証人木造博厚の証言によれば、側溝上をコンクリート舗装しても右外部の水の流入を防ぐことは可能であることが認められるのであるから、前記西入口の設置上の瑕疵(蓋の構造)が他のより高度な危険を回避するために避けえなかつたものであるとも認められない。

(二)  前記のとおり、右蓋の修理作業は業務上の必要性に基づくものであり、本件事故当時則夫は側溝に向つて蹲まつた姿勢で右修理作業を行なつていたと推認されるところ、後進で進入しようとした井手には局所照明設備がないため西入口付近の安全を確認するには容易でなかつたと考えられ、また、則夫から本件サイドフオークリフトの動行を認識するにも困難を伴つたと考えられる。したがつて、西入口の設置上の瑕疵、右に起因する修理作業を則夫がしていたこと、と本件事故との間には相当因果関係があり、このことは、仮に、本件事故につき井手もしくは則夫に過失が存在するとしても左右されるものではない。されば、本件事故は右西入口の設置上の瑕疵により生じたものと解するを相当とする。

(三)  したがつて、被告愛知製鋼は右瑕疵ある工作物の所有者として民法七一七条により本件事故により生じた損害を賠償すべき義務を負う。

四(被告三栄組の責任)

(一)  サイドフオークリフトの運転者としては、その進行方向上の安全を確認すべき義務があるのはいうまでもなく、特にサイドフオークリフトは騒音の高い場所を走行したり夜間に走行したりする場合もあるのであるから、バツクホーンやバツクランプの故障を発見したならば速やかに運転を中止して故障を修理したうえ運転を継続すべき義務がある。また、故障を放置して運転を継続するのであれば、万全の安全確認を尽すべきは当然である。井手は、右故障を放置したまま運転を継続していたのであるから、岡田班長運転のサイドフオークリフト五〇五号が西入口を通過したからといつて漫然危険がないと安心することなく改めて同入口付近の安全を十分に確認したうえ、更に同入口で一旦停止させ、作業者との衡突を未然に防止すべき注意義務があつたのはいうまでもないところ、同人はこれを怠り本件事故を惹起させたものであり、同人には本件事故発生につき過失があるというべきである。

(二)①  被告三栄組が被告愛知製鋼と請負契約を締結し被告愛知製鋼構内における原材料、鋼片及び鋼材の運搬作業を行なつていたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、<証拠>によれば次の事実が認められ右認定を左右に足る証拠はない。

被告三栄組は前記請負業務のうち知多工場構内における鋼片等の運搬作業については、作業総量のうち約一五パーセントを自社の直轄として残し、その余を野々山組と訴外知多興産合資会社に下請させており、本件第三圧延課における鋼片運搬作業は野々山組が専属的に行なつていた。被告三栄組は右請負業務についての一般的、全体的な事項に関しては被告愛知製鋼から直接指示を受けていたが、日常現場における具体的作業については被告愛知製鋼従業員から野々山組従業員になされるのが実状であつた。被告愛知製鋼における外注業者従業員に対する服務管理及び車両並びに車両運行に関する管理を定める同被告の「外来作業者服務規程」「構内交通安全管理規則」「構内専用車両管理基準」は、同被告から被告三栄組に交付され、被告三栄組が野々山組にこれらに基づき指導をなし、また、被告愛知製鋼構内における被告三栄組の右請負業務遂行のために使用するサイドフオークリフト等の車両はすべて被告三栄組の所有でその旨の表示が付せられ、これを野々山組等に貸与していた。これらの車両の点検は、年一回行なわれる定期点検については被告三栄組自らが行ない、日常の点検については野々山組等の下請会社で行なつていたが、その費用は被告三栄組から下請会社に請負代金中に含めて支払われていた。野々山組は、三栄組野々山班という意味で「野々山班」とも一般的に呼称されていた。

②  以上の事実からすれば、野々山組従業員は右第三圧延課における鋼片運搬作業に関し、被告三栄組の一般的指揮命令の下にあつたというべきであり、その実態に徴するならば、同被告の被用者と同視しうる立場にあつたと認められる。

(三)  したがつて、本件事故は井手が右鋼片運搬作業遂行中にその過失により惹起させたものであるから、被告三栄組は民法七〇九条、七一五条一項本文により、本件事故につき損害を賠償すべき責任がある。

五(損害)

(一)  (則夫の逸失利益)

①  則夫の生年月日、被告愛知製鋼における定年が満五五歳であり、則夫が定年まで勤務した場合は昭和六六年三月末日をもつて定年退職となることは当事者間に争いがなく、則夫の本件事故前三ケ月間(昭和四五年九月、一〇月、一一月)の平均賃金が七七、七一八円であつたことは被告愛知製鋼との間で当事者間に争いがなく、被告三栄組との間においては<証拠>になり認めることができる。<証拠>によれば、被告愛知製鋼においては昭和四六年以降昭和五〇年まで毎年四月以降前年度に比べ従業員平均で一〇パーセント以上の賃上げを実施していることが認められ、これを覆すに足る証拠はないから、則夫の場合も少なくとも昭和四六年以降昭和五〇年までは毎年一〇パセントの賃上げを受けえたものというべきである。もつとも、昭和五一年以降については毎年これと同程度の賃上げを受けうると予測すべきことは極めて困難があるから、同年以降のベースアツプ分を加算することは妥当ではないが、<証拠>によれば被告愛知製鋼においては賃金規則で原則として年に一回基本給について定期昇給を行なうこととされており、則夫の基本給は昭和四五年一二月の本件事故当時で二六、五六〇円であり右規則別表(一)(昭和四六年四月一日適用)によると則夫は昭和五一年以降も毎年四月に一ランクずつ上昇し少なくとも毎年五〇〇円ずつ基本給の昇給を受けうるものと認めるのが相当である。

次に、昭和四五年度における則夫の賞与が同人の右平均賃金の3.16倍であることは被告愛知製鋼との間で当事者間に争いがなく、被告三栄組との間においては<証拠>によりこれを認めることができ、また、<証拠>によれば、被告愛知製鋼においては昭和四六年から昭和四九年度まで毎年従業員平均の月額賃金総支給額の三倍を下廻らない賞与が支給されていることが認められ、これに反する証拠はないから、則夫も昭和四六年以降毎年少なくとも賃金月額の三ケ月分の賞与の支給を受けえたと認めることができる。

よつて、則夫の各年度(四月〜翌年三月)における月額賃金及び年間賞与は別表<省略>のとおりであり(但し、昭和四五年度賞与については、<証拠>によれば既に支払われていることが認められる。)、その事故時点での現価額を年五分の利息を控除しホフマン式年毎計算法により昭和四五年度(昭和四六年一月〜三月)を一年目として求めれば同表のとおりとなり、その合計額は二四、〇五八、八二六円となる。

②  則夫は一家の柱として原告らを扶養していたものであるから、右逸失利益から生活費として三分の一を控除するのが相当である。

③  前記のとおり則夫が昭和六六年三月末日をもつて定年退職となることは当事者間に争いがなく、則夫が昭和三六年三月一三日被告愛知製鋼に入社したことは同被告との間で当事者間に争いがなく、被告三栄組との間においては<証拠>の記載により認めることができる。<証拠>によれば、則夫は定年退職時、勤続三〇年ということになるから基本給の五〇分の一の一一一〇倍の退職手当の支給を受けえ、同時に退職手当の一二〇パーセントの特別慰労金の支給を受けうることが認められる(退職手当の支給率、特別慰労金の支給されることは、被告愛知製鋼との間で当事者間に争いがない。)。則夫が本件事故により死亡しなければ定年退職時まで勤務して右退職手当、特別慰労金の各支給を受けえたというべきであり、前記のとおり、本件事故当時の則夫の基本給は二六、五六〇円でありその後昭和四六年から昭和五〇年まで一〇パーセントずつ上昇し昭和五一年以降は毎年五〇〇円ずつ定期昇給するべきであるから、定年退職時の同人の基本給は五〇、二七六円となり、したがつて同人の退職手当は一、一一六、一二七円、特別慰労金は一、三三九、三五二円となることが計数上明らかである。これよりホフマン方式で年五分の中間利息を控除し事故当時の各現価額を算定すれば、退職手当五四四、四四七円、特別慰労金六五三、三三六円となる。

④  原告美代子は則夫の妻、同奈緒子は原告美代子と則夫との間の子であるから、原告らは法定相続分に応じて、右則夫の逸失利益を原告美代子が五、七四五、六六七円、同奈緒子が一一、四九一、三三三円それぞれ相続したことになる。

(二)  (慰藉料)

本件事故の発生日時、家庭の柱である則夫を失なつた原告らの苦痛等を考慮すれば、慰藉料は原告ら各自に三〇〇万円が相当である。

(三)  (過失相殺について)

<証拠>によれば、被告愛知製鋼は「構内交通安全管理規則」二一条で「作業のため道路を利用する場合はその道路の区間の両側に作業中の標識を掲示し夜間はその標識を明瞭にするため点灯を行なう」旨定め、従業員にもこれを交付して周知させていたことが認められこれに反する証拠はないが、前記二(八)で認定のとおり従業員に対し右標識の掲示を遵守するよう必ずしも徹底されておらず、現場においてはこれが実行されるような実状にはなかつたものである。本件事故の原因は、前説示のように、西入口付近の保安設備の不備、井手の前記過失、及び、これに加えて前記二で認定のとおりのごとき被告らの安全管理の不徹底にあるというべく、則夫が右標識の掲示を怠つた点同人にも落度があつたことを否定しえないが、これも被告愛知製鋼における安全管理の実態を反映するものにすぎないことを考慮に容れるならば、これを損害賠償額算定にあたつて斟酌すべき過失と評価するのは相当ではない。

また本件事故は井手運転の本件加害車両が前期鋼片運搬作業のために初めて西入口を通過するときに発生したものであり、前認定の西入口付近の環境からして則夫が本件加害車両に気づきえなかつたのも無理からぬところと考えられ、この点については同人に過失がなかつたというべきである。

(四)  (損害の填補)

原告美代子が弔慰金として被告愛知製鋼から三〇〇万円を受領したこと、労働災害補償保険による葬祭料として一三六、八九〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、また、同原告が同被告から退職手当、特別慰労金として各一二四、八三二円を、被告三栄組から見舞金として二〇万円を各受領したことは被告三栄組との間で当事者間に争いがなく、被告愛知製鋼との間においては<証拠>により認めることができる。

被告らは、原告美代子が受働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の支給分については将来受けうる額も確定しているのであるからこれを含めて損害額から控除すべきである旨主張するが労災保険は民事上の損害賠償とは発生原因、権利主体等性格を異にするうえ、現実に給付を受けない以上損害は填補されていないのであるから、将来の分についてまで損益相殺することは許されないと解するのが相当である。<証拠>によれば、原告美代子は遺族補償年金として昭和四六年一月から昭和四九年一〇月まで一、五五九、〇一三円、同年一一月から昭和五〇年三月まで一九七、二一〇円、同年四月から八月まで三二一、九四〇円を各受領したことが認められる。

よつて、右遺族補償年金合計二、〇七八、一六三円に右弔慰金、見舞金、退職手当、特別慰労金、葬祭料を加算した五、六六四、七一七円が原告美代子の損害額から控除されるべきことになる。

(五)  (弁護士費用)

<証拠>によれば、同原告は本訴提起に伴い弁護士に対する報酬として本訴により原告らが受くべき金銭的利益の一割を支払うことを約したことが認められこれに反する証拠はない。したがつて、同原告は本件事故と相当困果関係にある弁護士費用一七五万円の損害を蒙つたというべきである。

六(被告らの抗弁について)

(一)  (賠償額の予定)

原告愛知製鋼から弔慰金として三〇〇万円を受領したことは前記のとおり当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告愛知製鋼は「災害補償規程」六条で社員が死亡した場合労働者災害補償保険法一六条の二所定の順序により同法による補償給付とは別に遺族に弔慰金として三〇〇万円を支給する旨規定しており、この弔慰金の金額は被告愛知製鋼と訴外鉄鋼労連愛知製鋼知多労働組合、同刈谷工場労働組合との団体交渉の結果双方が合意に達して決定されたことが認められ、これに反する証拠はない。

しかしながら、右「災害補償規程」に基づく弔慰金は社員が災害に遭遇した場合に生活補償的意味において会社から支給されるものにすぎず、労働組合が使用者との協定等によつてその組合員と使用者との労働契約の内容を律しうる範囲はいわゆる労働条件に関する部分に限られる趣旨からしても、それ以上に災害発生につき使用者が責を負う場合にまで使用者の賠償義務を右弔慰金の範囲に留める趣旨のものとは解しえない。したがつて、右弔慰金が賠償額の予定であることを前提とする被告愛知製鋼の主張は到底採用できない。

(二)  (示談)

原告美代子が被告愛知製鋼から弔慰金三〇〇万円を、被告三栄組から見舞金二〇万円を各受領したことは前記のとおり当事者に争いがないが、本件全証拠によつても、同原告が被告らに対し右各金員の受領をもつて本件事故に関する損害賠償請求を今後一切なさない旨の意思表示をしたとの事実も、訴外文彦が同原告から代理権を与えられたうえ被告らとの折衝にあたつていたとの事実も認めることができず、他に同原告と被告らとの間に本件事故につき示談が成立したと認むべき事情は認められない。

よつて、被告らの示談が成立したとの主張は採用できない。

七(結論)

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告らに対し、原告美代子が右則夫の逸失利益の相続分、慰藉料、弁護士費用の合計から前記遺族補償年金等を控除した四、八三〇、九五〇円、原告奈緒子が右則夫の逸失利益の相続分、慰藉料の合計一四、四九一、三三三円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四五年一二月四日以降支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、担保を条件として仮執行を免脱せしめることは相当ではないから仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(小沢博 八田秀夫 前坂光雄)

別表 <省略>

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